江戸切子界の巨星「篠崎硝子」の意志を継ぐ、新たなる芸術家
特別な「夕焼けの一杯」をくれるオールドグラス「茜」
■江戸切子界に輝く2つの巨星。その意志を受け継ぐ新たな芸術家
今でこそ江戸切子は、ひとつひとつが職人の手による「作品」という認識が当たり前だ。しかし元来は明治期に本格稼働した工芸であり、戦後は単に「カットガラス」と呼ばれていた文化である。「作品としての江戸切子」という個性を確立し、今につながる歴史を作ってきたのは、昭和中期に活躍した巨星たちの功績に他ならない。昭和50年に創業した「篠崎硝子工芸所」の初代、篠崎清一氏はまさにその巨星の一つ。二代目の篠崎英明氏も、江戸切子界で初めて“親子で伝統工芸士に認定”される快挙を成し遂げただけでなく、先人たちのスピリットをさらに熱く燃し、個性的な作品で現代の巨匠となった人物だ。篠崎翔太氏は、「そんな祖父や父の跡を継ぎたい」と2014年に篠崎硝子工芸所に入社した三代目。いわく「作品という形で残る、祖父や父の仕事とはまた違った切り口でデザインにアプローチしていきたい」と語る。意志を継ぎながらも、江戸切子の世界をさらに広げようとする、新たな芸術家である。
■稀少な琥珀色被せ硝子に“丁寧”に宿した、夕陽の名残り
翔太氏の作品を見たことのある人はまだ少ないかもしれない。だが「篠崎硝子工芸所」を知る人であれば、彼のカットに、表現に、たしかな「篠崎硝子の遺伝子」を見るはずである。「オールドグラス 茜」で挑んだのは「夕焼け」というテーマであった。そのシンメトリーなデザインや色の残し具合には、かつて藤巻百貨店にも登場した英明氏の作品にあった繊細な表現の息吹を感じさせる。だが少し違うのは、そこに彼ならではの“丁寧さ”が感じられるところではないだろうか。琥珀に金赤、瑠璃、緑の色を被せた稀少な素地に谷型に施されたカット、その上をゆく「菊籠目」によって、底面の琥珀からそれぞれの口元の色へとグラデーションが始まっている。燃えるような紅の夕焼け空、ほどなく夜の青へと変わっていこうとしている空、幻想的かつ稀少なグリーンフラッシュを放つ空を閉じ込めたかのようである。見る人の心にある“懐かしさ”や“望郷の心”を呼び覚ます作品だ。
■色鮮やかな「夕焼けの一杯」がくれる極上時間
琥珀色ベースのグラス、カランとなる氷。そこに琥珀色の酒を注いで初めて見える、艶やかな姿は実に豊かな世界観をもっており、惚れ惚れする光景だ。もちろん、焼酎などをロックで味わうのも最適解のひとつなのだが、「夕焼け」というテーマとこの色彩表現には、ぜひともウィスキーを合わせていただきたい。氷の崩れる音をBGMに、このグラスだけが持つ「夕日」、ひとつひとつのカットに映り込む景色を眺めながら、しっぽりと味わってほしいのだ。金赤琥珀、瑠璃琥珀、緑琥珀というなんとも贅沢なカラーラインナップから選ぶのは実に悩ましいが、自分が欲しい「夕焼けの一杯」を想像した時に、心をくすぐったものを選べば、その先に間違いなく極上時間が待っているはずである。
篠﨑 翔太 プロフィール
2014年 篠崎硝子工芸所 入社
2021年 第33回江戸切子新作展 東京都産業労働局長賞 受賞