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「日本でモノを作り、世界規模で消費する」。そんな社訓を掲げるオイカワデニムのこだわりは、もちろんメイドインジャパン。世界の名だたるブランドの製品生産を請け負うなど、長年第一線で活躍してきた同社の屋台骨を支えるのは、社長・及川秀子氏と三人の息子たちだ。そんな彼らのファクトリーブランド「STUDIO ZERO」が世に送り出す、“オンリーワン”のデニムとは――?

宮城県気仙沼市で生み出される世界中で愛される「オイカワデニム」のジーンズ

知る人ぞ知る“世界のオイカワ”
ジーンズ通も唸る東北の底力

宮城県気仙沼市。総勢約20名、東北の町工場で生み出されるのは、世界中で愛される「オイカワデニム」のジーンズだ。世界的ブランドの復刻モデルを手掛けるなど、その縫製技術は海外からの信頼も厚い。リメイクジーンズを日本で初めて製品化したのも同社とか。高台に建つ工場からは、気仙沼の美しい海岸線を見渡すことができる。2011年、東日本大震災では津波で倉庫と約5000本のジーンズを失った。後にヘドロの中から見つかったジーンズは、一本の糸のほつれもなかったことから“復興のデニム”として多くの被災者を勇気づけたという。「それを見て、自分たちのものづくりに改めて自信を持てた」と語るのは、常務取締役を務める次男の及川洋氏。1981年の創業以来数々の有名ブランドの製品生産を担ってきた同社が、2005年に起ち上げたのが「STUDIO ZERO」だ。確かな技に裏打ちされた極上のデニムが藤巻百貨店に登場する。

ストイックにオンリーワンを追い求めるものづくりへの姿勢「オイカワデニムSTUDIO ZERO」

ジーンズの原点に立ち返る
追い求めたのはデニム本来の姿

バックポケットに施された鮮やかな「Z」のステッチ。これはもちろん、ブランド名の「ZERO」からとったもの。「流行を追うでもなく他を真似るでもなく“ゼロ”からものづくりを始めたかった」と及川氏。いわく、「ジーンズが生まれた1900年代前半はミシン技術も今ほど発達していなかった。それでも作業着としての“丈夫さ”を追求し、職人たちは手間暇をかけてジーンズを作っていました」。ところがファッションアイテムとして世に浸透し始めると、その製法は簡略化の一途を辿る。「STUDIO ZEROではその原点を忘れず、丈夫で長持ちするデニムを一針一針丁寧に作ろうと心がけています」(同氏)。工場では“日本でここにしかない”という昔ながらの希少なミシンも現役で稼働。紡績から縫製に至るまで、新旧の技術を駆使しながら、ストイックにオンリーワンを追い求めるその姿勢には、東北人の生真面目さが滲み出ている。

【オイカワデニム】常務取締役を務める次男の及川洋氏

どこより丈夫で誰より真面目
人生を共に歩むジーンズ

理想的なジーンズを追い求め、部品ひとつからミシンをカスタムするのもよくある事。業界で初めて、ミシンを通すのが困難とされていた麻糸をデニムの縫製に用いることに成功したのも、その経験と技術があってこそ。「綿よりも強度に優れ、化繊にはない経年変化を味わえる麻は、長く履き続けるジーンズに適した繊維なんです」(同氏)。独特の癖を持った麻を扱う熟練の技に加え、カスタマイズされたミシンを操る技術を持った職人もまた、ほんの一握り。この縫製を実現できるのは国内で一社のみというから驚きだ。また、衣類では珍しい製品保証のサービスを採用し、アフターケアに力を入れているのも「長く履き続けてほしい」という思いのあらわれ。そんな中、及川氏は「ジーンズは本来“一生モノ”」と語る。「ほつれたら縫えばいい。何度でも補修して履き続けられるのがジーンズのいいところですから」。

STUDIO ZEROが展開するデニム【オイカワデニム】STUDIO ZERO

使う人の手に渡って初めて完成する
デニムを“育てる”愉しみを味わう

ダメージ加工やヴィンテージ加工など、加工技術においても世界最高水準を誇るオイカワデニムだが、STUDIO ZEROが展開するデニムは全てリジッドとワンウォッシュのみ。「あえて手を加えず、“未完成”の状態でお客様の元に届けたい」と語る及川氏は「そうすることで、5年、10年と履いていくうちに、あたりがついたり、ひげがはいったり…その人の人生を映したオリジナルジーンズが出来上がるんです」と続ける。STUDIO ZEROのデニムは、使い手がいて初めて完成するというわけだ。今回登場するのは中でも王道のストレートとスリムの2タイプ。パッチは国内では流通していない海外モデルを選定。フロント仕様はジッパーとボタンから好みに合わせて選べる、藤巻百貨店だけの『特別カスタムモデル』だ。人生を共に歩む“特別な一本”を、ぜひその手に取ってみてほしい。

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