藤巻幸大が各界で活躍する方々をゲストに招き、“モノとのつきあいかた”を語り合う「ゲストインタビュー」。今回のゲストは「パティシエ」の地位を確立された立役者でもある、辻口博啓。数々のコンクールで優勝を果たし、“パティシエ世界一”とも評されながら、さまざまなことに挑戦し続ける。そんな辻口さんを魅了してやまないモノとは??。(後編) 前編はこちら
ライフスタイルとしての
「食」を提案・体現する
辻口 ベトナムにある辻口茶園では、手摘みした茶葉を使ってシャンプーやコンディショナー、ボディソープも作っているんです。
藤巻 僕もシャンプーにはこだわっていますよ(笑)!
辻口 辻口茶園の茶葉は太陽の光をたっぷり浴びるロケーションのせいか、通常の茶葉に比べてカテキンが豊富なんです。
藤巻 面白いですね。
辻口 三重県菰野町にある「片岡温泉」で販売していたんですが、この旅館が2012年10月に「アクア×イグニス」という複合温泉リゾートに生まれ変わりました。
藤巻 仕掛け人は辻口さん?
辻口 山形県発のイタリアンとして知られる「アル・ケッチァーノ」の奥田政行さんと一緒にやっています。
藤巻 面白いなあ!
辻口 総面積が1万5000坪ぐらいある広大な場所で、敷地内にあるTSUJIGUCHI FARMでは、農薬を必要最小限に抑えた減農薬栽培・自然界のものをふんだんに使った有機肥料栽培でいちごを育てています。12月から5月の間は、いちご狩りも楽しんでいただけます。
藤巻 子どもたちをぜひ連れて行きたい。大人もそうだけれど、安全で美味しいものに早い時期から触れておくことは大切だよね。
辻口 "地産地消"の考えをベースに厳選した食材で作るこだわりのパン工房があるほか、会員制の家庭農園では自分で収穫した野菜を用いたディナーを楽しめるなど、ライフスタイルとしての「食」を体験できることを重視しています。
藤巻 大げさに「食育」という言葉だけを振りかざされるよりも、よほど説得力があるね。
辻口 日本の食文化はまだまだ発展の余地が残されている。もっともっとオープンに広げていきたい、変えていきたいと思いがあります。
独学で身につけた
「美」の教養とセンス
藤巻 石川県立美術館のエントランスに、辻口さんのお店がありますよね。
辻口 能登や金沢の地元天然素材を使ったスイーツをお出ししています。
藤巻 知人に連れられて、伺ったことがあるんですよ。あの美術館も素晴らしいですね。
辻口 僕がデザインした漆の器も置かせてもらっています。
藤巻 器のデザインもするんですか。
辻口 美術館内にあるお店「ル ミュゼ ドゥ アッシュ」も総漆張りなんですよ。
藤巻 器やデザインの勉強はいつ頃、どうやってされたんですか。
辻口 全部、最初は独学です。
藤巻 独学ですか!?
辻口 コンクールで優勝するには、お菓子の本だけを見ていてもダメなんです。絵画を見たり、粘土細工の技巧を学んだり、エアブラシで絵を描く手法を研究したり……と、多方面に渡って、「美」を追求する必要がある。
藤巻 バイヤーの世界と同じですね。流行のファッションに詳しいだけでは一流のバイヤーにはなれない。
辻口 でも、僕の場合、修行時代はとにかくお金がなく、参考になるような書籍を買うお金もない。だから、ひたすら百貨店のウインドウを見て歩きました。ディスプレイは各ブランドが自分たちをさらけだし、勝負している場。そのセンスをひとつ残らず吸収してやろうという思いで観察していました。
藤巻 さすがですね。まさに、百貨店のディスプレイはそういう場所だし、そういう場所でなくてはいけない。
辻口 あとは、立ち読みです。美術書って高いでしょう? だから、目で見て覚える(笑)
藤巻 なるほど。凄まじい集中力ですね。いや、すごいなあ。
パティシエ・辻口博啓が
思い描く2013年の抱負とは
藤巻 今年も早いもので、もうすぐ年の瀬ですが、2013年の抱負を教えてください。
辻口 これまでは“作り手”としてスイーツと向き合ってきたけれど、今後はスイーツ文化を世の中に広めていくことにも力を入れていきたいと思っています。例えば、スイーツ検定。日本スイーツ協会を立ち上げて1年足らずですが、すでに約350名のスイーツコンシェルジュが誕生しています。
藤巻 スイーツコンシェルジュはどんなことをしてくれるんですか。
辻口 例えば、ある病院で「糖尿病にいいスイーツ」を開発したいと考えたとします。スイーツコンシェルジュは元来、スイーツが大好きな人たちの集まりですから、そことマッチングすれば、ぜひ応援したいという人が現れるというわけです。
藤巻 スイーツの可能性を広げると同時に、スイーツ好きの人の可能性も広げる試みですよね。例えば、主婦でも、しっかり勉強し直すことで働く場ができるかもしれない。
辻口 ものづくりの前に、まず人づくりが大切なんですよね。昨年、石川県金沢市にスーパースイーツ専門学校を立ち上げたのも、後進を育てたいという思いからです。
藤巻 俺もコミュニケーション検定やろうかな(笑)。「この人、凄い!」という人に出会ったら、15分間でその凄さを伝えられるようになる。そういうの得意なんですよ。
辻口 ぜひやってください。
藤巻 スイーツ検定の今後も楽しみですね。
辻口 “スイーツなライフスタイル”の提案は、まさに2013年のテーマですね。スイーツ検定はもちろん、ベトナムの辻口茶園や三重県の「アクア×イグニス」など、さまざまなチャネルから、スイーツの魅力と文化を発信し、多くの人を巻き込んでいきたいです。
藤巻 プライベートでの抱負はどうですか。
辻口 海釣りに行きたいかな……。釣りが趣味なんですが、日々の忙しさにかまけてほとんど行けてない。仕事が趣味のようなものですね(笑)。
藤巻 辻口さんもそうですか! 良かった。じつは俺もそうなんです。趣味ばっかり充実しているより、仕事が充実しているほうがいいんだ! なんて、自分に言い聞かせながら、2013年も頑張ろうと思います。
<対談を終えて……藤巻幸大から辻口博啓さんへ>
辻口さんに直接お目にかかるのは、今回の対談が初めて。一方的にお名前だけは知っていたけれど、お会いしてみてびっくり。スイーツとファッション、ジャンルこそ違うけれど、ライフスタイルとして全体を捉えたいという共通する想いがある。また、仲間に出会えたという嬉しい気持ちでいっぱいです。ベトナムにある辻口茶園の話も、目からウロコでした。厳選!藤巻セレクションで紹介した稀少なコーヒー「Grand Cru Cafe(グラン クリュ カフェ)シリーズを手がけた、コーヒーハンター・川島良彰をぜひ、辻口さんに紹介したい。情熱を持った人同志が出会うと、そこには確実に新しい何かが生まれる。2013年も、そんな化学反応をあちらこちらで起こせるよう、ますます頑張ります!
■前編『カリスマパティシエ誕生秘話』
和菓子屋の三代目だった辻口さんがスイーツと運命的な出会いを果たしたきっかけとは……?
辻口博啓
つじぐちひろのぶ●1967年石川県生まれ。ク?プ・ド・モンドをはじめ世界大会に日本代表として出場し、数々の優勝経験を持つ。モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる12ブランドを展開。最近では、ベトナムに農薬無散布の茶畑を所有し、現地の方々に職を提供し、収穫されたお茶を使った商品販売も行う。また、2011年にはSUPER SWEETS SCHOOL自由が丘校、2012年4月にはスーパースイーツ製菓専門学校を開校。両校の校長を務める。一般社団法人日本スイーツ協会代表理事も務め、スイーツ検定など実施。スイーツ文化の更なる発展と向上に力を注ぐ。