福田手袋の婦人用手袋

日本の伝統産業を支えた老舗メーカーのシグネチャーアイテムながら、国内ではなかなかお目にかかれない手袋がある。福田手袋の「L’apero(ラペロ)」だ。世紀を超えて継承される職人の技。純日本製にこだわり、本場のファッショニスタを魅了し続ける“福田クオリティ”の真髄に迫る。

知る人ぞ知るメイド イン ジャパンの手袋

知る人ぞ知る
メイド イン ジャパンの手袋

パリやミラノがファッションの聖地と呼ばれる所以は、単にモードを発信するだけでなく、そこで暮らす人々のファッションへの情熱、審美眼の鋭さにある。世界中のブランドが憧れ、弱肉強食の地でもあるこの2都市で、賞賛を浴びるのが福田手袋だ。知る人ぞ知るメーカーだった同社が一躍脚光を浴びたのは2009年。自社ブランド「ラペロ」を立ち上げ、厳しい審査で知られるパリの雑貨見本市「プルミエールクラス」展に出展。革手袋が主流のヨーロッパでは珍しいカット アンド ソー素材や独創的色彩、何よりメイド イン ジャパンの高度な縫製によるフィット感が人々の心をつかんだ。毎年パリとミラノで行われる展示会には、欧州のみならずNYからもバイヤーが訪れ、現地の有名百貨店や専門店でその名は広まっていった。

創業103年の歴史を支える匠の技と美意識

創業103年の歴史を支える
匠の技と美意識

日本にある様々な“伝統工芸の地”。中でも香川県東かがわ市は、国産手袋のシェア90%を占める。香川での手袋産業の興りは1888年。大阪のメリヤス手袋職人が、故郷の東かがわ市で同業を始めたことがきっかけだ。太平洋戦争などを乗り越え、同地で最も長い歴史を築いてきたのが福田手袋。創業者の福田雄次氏は、当初大工を生業としていたが手袋に魅了され、1913年に福田手袋を創業した。専門職人の手仕事による高品質な手袋は、すぐさま外国人の目にとまった。当時、手袋というと女性がパーティやオケージョンで使用するものがほとんどで、多くはアメリカへ輸出されていた。100年の時を経て婦人用手袋の研鑽を重ねてきた福田手袋は、現在もレディース製品に特化。ファッション性に富んだ手袋を製造している。

緻密な手仕事が生む心地よいフィット感

緻密な手仕事が生む
心地よいフィット感

欧州でも「手のフィット感が完璧」と絶賛される福田手袋の「ラペロ」は企画から仕上げまでを同社内で行っている。「自社一貫製造にすることで細かいところまで対応でき、作り手のやる気にもつながります」(福田洋市社長)。裁断から縫製まで手作業で、一人の職人が一つの手袋をすべて縫い上げる。「生地を裁つのは意外と難しく、伸び縮みを見越して抜き型を選びます。さらにフィット感のカギとなるのが2mm幅で統一した縫い代。1mmでは縫い外れしやすく、3mmではつけ心地が悪い。ミリ単位の調整と同じ幅で縫い続ける技術が必要。一人前になるまで3年はかかります」。機械で再現できない細やかな作業は、素晴らしいつけ心地と、手指を細く長く見せる美しいデザインとなって現れる。

装いとのコーディネートを楽しめる手袋「ラペロ」

装いとのコーディネートを
楽しめる手袋「ラペロ」

長年OEMで黒子に徹してきた福田手袋が、なぜ自社ブランドを作ったのか?福田社長はこう答えた。「手袋産業を盛り上げたいという想い。そして、プロフェッショナルとして理想の手袋をカタチにしたかったからです」。日本では防寒具の枠から抜け出せない手袋だが、ヨーロッパではファッションを楽しむためのものという文化が根づいており、手袋専門店は年間を通じてニーズがある。ファーストブランド「ラペロ」もファッションの一翼となるよう発案され、エレガントでありながらアクセントカラーを駆使した配色やディテールを利かせたデザインが魅力だ。日本では入手困難な「ラペロ」だが、藤巻百貨店では別注カラーを含めてバリエーション豊かに揃う。自分用でも、プレゼント用でも「欲しい!」と思わせる逸品ばかりだ。

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