魚沼に各地から人が訪れる理由
八海醸造がつくった小さな人里
新潟県南魚沼市。山々に囲まれたのどかな町を進むと突如、人々が集まる場所があった。そこは「魚沼の里」と呼ばれ、日本酒や焼酎の蔵、食堂、蕎麦屋、菓子処、などが点在し、常ににぎわいを見せている。ここをつくったのは八海醸造、言わずと知れた新潟の銘酒「八海山」の蔵元だ。なぜ日本酒の蔵元がこのような場所を? それは八海山を、ひいては日本酒のことをもっと知って欲しいから。酒が持つバックボーンを知れば知るほどその酒はもっとうまくなり、好きになる。それをわかっているからこそ、いろいろな角度で日本酒に触れる機会をつくり続けているのだ。ここで語るのはそんな八海醸造のストーリー。八海山を片手に読んでいただければ幸いだ。
環境を逆手にとって強みに変える
「うまさの時代」を先駆けた造り手
八海醸造は1922年(大正11年)、先々代の南雲浩一氏が創業した。90年を超える歴史を持つが、造り酒屋としては後発の部類であり、当地は人が多い地域でも宿場町でもないエリア。酒を売るということにおいては不利な環境下にあった。現在の代表取締役の南雲二郎氏は「祖父はまたどうしてここに蔵を造ったのか(笑)。しかしこの環境だからこそ、酒の質(おいしさ)に意識を向けなくてはならなかったことも確かです」。この地で売れなければ、外で(全国で)飲まれるようにしなければ。そのためには、高品質な酒を造る必要がある。1960年代の「越乃寒梅ブーム」で新潟の酒が注目され、これが契機となり八海山の名前も知られるようになる。それ以前は灘や伏見などの古くからの名醸地だったり、テレビや広告のイメージ戦略など「有名であること」が日本酒が売れる条件であったが、日本酒の品質が受け入れられる時代がようやく到来したのだ。
欲しい人に酒を届けるのが義務
日常の酒こそ、当たり前にうまく
しかし、そうなると今度は別の問題が出てくる。供給量が足らず、どんどん市場での価格が上がってしまうのだ。もとの何倍もの価格が付いた八海山を目にし、南雲氏は胸を痛めた。「これでは、日常で飲んでもらえる酒ではなくなってしまう」。欲しい人たちに酒を届けるために、製造側は供給量を増やす必要がある。もちろん、味には妥協できない。むしろ手の届く価格の酒がおいしくなってこそ、ファンのためになる。「だからウチは普通酒や本醸造酒など、レギュラー酒の水準を高くしています。当たり前に飲めるものが当たり前にうまい。八海山の存在価値が最も濃く表れているのがそこです」(南雲氏)。その一方で、より一層造りに磨きをかけた特定名称酒も生み出している。「正月には八海山の純米大吟醸を選ぶ」という方もいるように、特別な日には特別な1本を開けてみるのもいい。藤巻百貨店では今回、そんな「特別な酒」にフォーカスを当てた。
最高の設備で最高の酒を造る
八海醸造の「F1」仕込み
八海醸造本社のすぐそばにある「浩和蔵(こうわぐら)」は、そういった高品質な酒を造るために設計された小仕込みの蔵だ。2014年に完成したこの蔵では、八海山が誇る酒造技術を注ぎ込んだプレミアムな酒を造るため、志願し選ばれたたった数名ですべての工程をまかなう。少数精鋭の布陣であり、一見レギュラー酒とは正反対の酒のようだが、決してそうではない。「純米大吟醸は、車で例えるなら『F1』です。酒造りの集積がここに詰まっていて、造ることによって技術が向上し、革新していくもの。造るすべての酒の品質を上げ、後進に伝えていくためにこの蔵が必要でした」(南雲氏)。
香りとうまみが炸裂する
浩和蔵で生まれた特別な八海山
この浩和蔵の奥に眠る酒こそ、「純米大吟醸 八海山 浩和蔵仕込25%」である。兵庫県口吉産の特A山田錦を精米歩合25%まで磨き込み、小さな麹蓋で細かく調整しながら繊細に丁寧に造り込んでいく。完成後、マイナス5度で熟成させること3年。特別に有田焼で誂えられた栓を開ければ、華やかな香りが飛び出し、ぎゅっと詰まったうまみが舌の上で炸裂する。きれいに響く酸が後口を爽やかにし、これだけで飲むもよし、食中酒として楽しむもよし。良い意味で八海山のイメージを裏切り、そして「さすが八海山」と唸ること間違いなし。同様に長期低温熟成の「純米大吟醸 八海山 金剛心」も2003年のリリースから長きに渡って愛されているプレミアム日本酒。八海醸造が造り出す会心の酒を味わう機会をぜひ作っていただきたい。
雪国ならではのアイデアを実現
誰も知らない日本酒への道のり
先端的技術の一方、地域的特性を活かした伝統にも目を向ける。雪国に伝わる天然の冷蔵庫「雪室」を日本酒の貯蔵に応用し、自然エネルギーの低温貯蔵施設「八海山雪室」を建造。大量の雪を収納した蔵の中、3~4度に保たれた日本酒がゆっくりと時を重ねる。「純米吟醸 八海山 雪室貯蔵三年」はそうして生まれたチャレンジングな日本酒だ。八海醸造だから可能なこうした取り組みは、日本酒を未知の世界へ連れていく。かたや求道的に、もう一方ではユニークに。うまい日本酒を造るための研究は、これからも止むことはない。
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