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江戸時代、優秀な職人が全国から集まった銀座は東京銀器のルーツ。その技法の祖・平田家の流れをくむ日伸貴金属は、伝統を重んじながらもチャレンジ精神を忘れず、古くて新しい銀器作りに励む。銀の特製を活かしつつ人の手に馴染むことを目指した品々は、使えば使うほど味わいが増していく。

江戸時代、東京・銀座は重要な銀器の生産地だった

江戸時代、東京・銀座は
重要な銀器の生産地だった

日本で銀製品が使われ始めたのは、奈良時代にまで遡るが、当初は一部の特権階級のものでしかなかった。それが一般人にまで広まったのが江戸時代。経済的に余裕のある町人が、銀製の髪飾りや煙管を使い始めたのだ。東京・銀座はその名の通り、江戸時代には貨幣の鋳造所があり、仕事を求めて腕の良い銀器職人・銀師(しろがねし)が全国から集まり、重要な銀器の生産地だった。それが東京銀器のルーツである。日伸貴金属は、その技法の祖と言われる平田家の9代目・平田宗道の一番弟子・上川宗照が創業した。現在は息子である2代目宗照氏が江戸末期から11代続く技を受け継いでいる。

銀器の内側に浮かび上がる神秘的な珠を愛でつつ一献

銀器の内側に浮かび上がる
神秘的な珠を愛でつつ一献

「高校に入る頃、親父に、お前これからどうするんだと言われて、何となく銀職人になりましたが、仕事を覚えて行くにつれ、銀はすごい素材なんだということがわかるようになりました」と語る宗照氏。銀は、銅や鉄に比べて柔らかく加工しやすいため、装飾品などにも自由に造形できる。純銀のクリスマス・ツリーやリースはまさにその特性を活かした芸術品だ。底の丸い器に液体を注ぐと浮かび上がってくる「珠」は、銀独特の反射率の産物。宗照氏の長年に渡る経験と技術力があるからこそ、顧客の要望に応じて、大小さまざまな大きさの珠を生み出すことができるのだ。古来、神事に使われたという銀器の神秘性を感じさせ、月を眺めながらこれで一献傾けたくなる。

確かな伝統を背景に異素材とのコラボに挑戦

確かな伝統を背景に
異素材とのコラボに挑戦

“銀器・信楽焼 盃”は、銀器の外側に信楽焼の陶器を合わせた、異素材とのコラボレーションだ。「どうしても冷たいイメージがある金属も、陶器と一緒になれば温かみが出る。実際、熱燗なども銀器では熱くて手に持ちにくいんですが、これなら飲めるようになるんです」とは宗照氏。江戸から続く伝統の銀器製作の技術を守り続けるのは、日伸貴金属の大事な柱だが、守るためには挑戦していかねばならない。それが宗照氏の信条だ。時代が移ろうにつれ、人々の志向も変わっていく。古くからあるものだからいいだろうと、変わらずにいれば、いつしか存在を忘れ去られてしまいかねない。確かな技術に裏打ちされたチャレンジ精神が、同社の銀器に常に新しい息吹を吹き込んでいる。

銀器は使い込んでいくほど味わいがにじみ出てくるもの

銀器は使い込んでいくほど
味わいがにじみ出てくるもの

銀器は最初はピカピカに輝いているが、使っているうちに擦り傷ができたり白く変色していく。たまにきれいに磨いて欲しいと買ったものを持ち込む顧客もいるそうだが、「それは銀器の味。職人にはできない仕上げ」だからと丁寧にお断りするのだという。銀製品は決して安い買い物ではない。しかし、愛着を持って日々使っていけば、その人の手に、目に馴染んでくる。そんな愛される銀器作りの次世代を担うのは、宗照氏の3男1女。それぞれ得意分野も趣向も異なるので、指名して製作を依頼されることも多いという。中国での南部鉄器の影響か、電気ポットに取って代わられ消えつつあった銀瓶に、再び注目が集まっている。その製作を担う若き後継者たちの存在が頼もしい。

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