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服飾史家 中野香織

藤巻幸大が各界で活躍する方々をゲストに招き、“モノとのつきあいかた”について、とことん語り合う「ゲストインタビュー」。第1回のゲストは服飾史家の中野香織さん。英国・ダンディズムの専門家である中野さんに、男のファッションと美学について伺った。(前編)後編はこちら 中野香織さんの通好みな逸品はこちら

「起源」のおかしみを味わいつつ おしゃれに取り入れるのが“紳士”

中野 藤巻さん、いい香りがしますね。
藤巻 これはCREED(クリード)です。
中野 英国王室御用達のフレグランスですね。
藤巻 僕にとって、英国は大好きな国の1つです。人生でいちばん影響を受けた国と言ってもいいかもしれない。
中野 そうなんですか。
藤巻 伊勢丹からバーニーズ・ニューヨークに出向し、米国でバイヤーをしていた頃、海外出張で英国に行く機会があったんですよ。29歳くらいだったかな。現地の友人に誘われて“ハイティー”に行くことになったんですが、僕はハイティーなるものが何なのかを全然知らず、Tシャツ姿で行ったものだからお店に入れてもらえなかった。
中野 「ノーネクタイは入店お断り」というわけですね。
藤巻 でも、一緒に行った相棒が交渉してくれて、「これをつけるなら……」とお店の人が出してくれたのが、付けネクタイです。しかたがないから、Tシャツの上から付けネクタイをしましたよ。我ながら、ものすごく滑稽でしたけどね。でも、ここまで格式にこだわる国があるんだということに驚くのと同時に、感動もしました。
中野 ただ、ハイティーって、その起源をたどると、もともとは労働者階級の夕食代わりだったんですよね。
藤巻 え? そうなんですか!
中野 ハイティーの「ハイ」は大テーブル(ハイテーブル)に由来するんですが、「フォーマル」という意味だと誤解されて伝わり、アフタヌーン・ティーと混同されています。と言っても、アフタヌーン・ティーだってもとをたどれば、「夕食にはまだ早いけど、小腹が空いたから何かつまみたいわ」という食習慣ですから、たいした話ではない(笑)

藤巻 面白いなあ。ファッションの世界でも、歴史を溯るとおかしな形で伝わっているということがたくさんありそうですね。
中野 「スーツの一番下のボタンを開けておく」というのもそうですね。あの習慣は、イギリス国王のエドワード7世が食べ過ぎてお腹が苦しくなったからボタンを外したところ、周囲が「我々も外さなければ!」と真似したことから始まったんです。
藤巻 そんな理由だったんですか!
中野 男性のファッションの起源をたどると、案外しょぼいんですよ。ズボンの裾を折り返すのは「泥よけ」だし、ダブルのスーツはもともと、“見張り兵”が寒さをしのぎやすいように考案されたものとも伝えられています。こうした起源を知らないままに「マナーだから」と言い募るのは滑稽。わかった上で、おかしがりながら甘んじて受け入れるというのが、本当の意味での紳士なのかなと思います。

モードなブラックスーツと草食男子の意外な共通項

藤巻 僕ね、リクルートスーツが大嫌いなんです。かといって、「ネクタイなんてしないほうがいい」と声高に主張するのも好きではない。ネクタイをしたほうがふさわしいシチュエーションならネクタイをすればいいし、ポロシャツのほうが似合うならポロシャツを着ればいい。もっと、自由でいいじゃないかと思うんです。
中野 “とりあえず黒”を選ぶというのも、何とかしたいですね(笑)
藤巻 そう! そうなんですよ。じつは僕、20代の頃から「ネバー・ブラック」運動というのを勝手にやっているんです。黒以外を着ようぜ、と。
中野 エディ・スリマンが2000年頃に、細身のブラックスーツを発表したときは周囲の反応は冷ややかだったんですよ。でも、5年くらい経ったら、すっかり市民権を得てしまいましたね。今では、スーツ量販店でモードなスーツを扱うようになっているほど。
藤巻 俺より上の世代の人たちも着ていますよ。もっとゆったりしたオーセンティックなスーツのほうが圧倒的に似合う人まで……。
中野 「モードな俺」という安心感が得られるんでしょうね。じつはモードなスーツが流行りはじめた時期は、ちょうど「草食系男子」が話題になり始めた時期でもあるんです。
藤巻 そうなんですか!
中野 実際には“草食化”なんて、してないんですけどね。「モードな格好さえしておけば浮かない」という発想と「草食のフリをしておいたほうが便利」という考え方はよく似ている。処世術としては賢いかもしれないけど、つまらない(笑)。


大人の色気を醸し出すスタイリッシュな文房具

藤巻 中野さんが考える「モノとのつきあいかた」がうまい男性って、どんな人ですか。

中野 何気なく取り出した筆記具が格好良かったりすると、おお! と思いますね。お礼状がスマイソンのカードだったりしたら、もう最高。
藤巻 さりげないのに、格好いいんだよな。色気がある。
中野 スマイソンはノートも遊び心があって楽しいんですよね。私も「誘惑ノート」を愛用しています。
藤巻 誘惑ノート!
中野 誘惑に役立ちそうなフレーズを書き留めておくためのノートです。(ノートをパラパラめくりながら)「女には、さも愛しているように話せばいい。男には、さも退屈しているように話せばいい」(オスカー・ワイルド)とかね。
藤巻 深いなあ。
中野 「名言ノート」ではないところがいいでしょう?

藤巻 言葉ひとつでエロティシズムが生まれますね。確かに書きたくなる。
中野 でも、まだひとりも誘惑できてないの!
藤巻 ワハハハハ。
中野 (再びノートをめくりながら)こんなことも書いてありました。「真に教養ある人間とは、すべて(エブリシング)について何事(サムシング)かを知り、何事かについてはすべてを知る人間である」。これは英国の哲学者であり、経済学者でもあったジョン・スチュアート・ミルの言葉ですね。
藤巻 なるほど。
中野 あるジャンルについてものすごく詳しくて、幅広い分野について少しずつ知っていれば、世の中怖いものなしですよね。映画でも本でも、水(笑)でも何でもいいけれど、あるジャンルにとことん没頭すると、何かしら見えてくる気がします。
(後編へ続く)

■後編 『いいモノには持ち主の“○”を広げるパワーがある?
男性必見、中野香織さんオススメのアイテムをご紹介。


中野香織
なかの・かおり●過去2000年のファッション史から最新モードまで、幅広い視野から研究・執筆・レクチャ—を行っている。東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、文筆業。2008年より明治大学国際日本学部特任教授。著書に『モードとエロスと資本』(集英社新書)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)、『愛されるモード』(中央公論新社)ほか多数。

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